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レコードは風景をだいなしにする ジョン・ケージと録音物たち

¥3,080 税込

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出版 フィルムアート
デイヴィッド・グラブス=著|若尾裕+柳沢英輔=訳
発売日:2015年12月28日
四六判・上製|368頁|ISBN 978-4-8459-1441-8|定価:2,800円+税

ジョン・ケージならびに60年代の実験音楽・前衛音楽の試みと「音楽の解体」によって生まれた、不確定性の音楽、長時間のミニマリズム、テキスト・スコア、ハプニング、ライヴ・エレクトロニクス・ミュージック、ノン・イディオマティックなフリー・ジャズやフリー・インプロヴィゼーションといった、「録音」に不向きでLPやCDを聴くことで追体験できるものではない音楽の録音物に録音されているものとは一体何か?
その録音物を聴くということは、どういうことなのか?
現代における録音物の氾濫とオンライン・アーカイヴによって変容していったリスナーの「聴取」と「体験」に、「録音の不可能性」というアプローチからせまる、音楽家デイヴィッド・グラブスによる21世紀の前衛音楽・聴取論の待望の日本語訳!


かつてジョン・ケージは、「不確定的な演奏は繰り返すことはできない。そんな作品の録音には、風景を絵葉書にする以上の価値はない」として、レコードはその環境や風景を体験することを損なわせるものとして「録音物」を否定し、レコードを一枚も持っていないと公言してはばからなかった。しかし皮肉なことに、音楽家ジョン・ケージの録音作品は膨大な数にのぼり、ケージの名声は録音物のアーカイヴによって高まっていったことはまぎれもない事実である。
本書はこの矛盾から出発し、ケージ、デレク・ベイリー、AMM、ヘンリー・フリントら実験音楽の巨匠たちの作品群や、歴史的復刻となった『Anthology of American Folk Music』などの録音物を考察し、記録と記憶のあいだに耳をすます。「録音することの不可能性」に迫るエキサイティングな脱・現代音楽論。

(出版社商品ページより)

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