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リトルプレス
A5 35ページ
改訂版 2019年5月6日
酒の多い人生を送ってきた。正確には、酒のために恥の多い人生を送ってきた。
父や祖父が酒癖が悪かったため、子供の頃の私は、自分は絶対飲酒などしないと思っていた。それなのに大学に入学し体育会系文化部に入ると、気づけば週四で飲むようになっていた。飲み続けて十年が経ち、今に至る。仕事が多忙で、かつ結婚生活が破綻していた数年前は、特にひどい飲み方をしていた。
寝る・吐く・泣くは序の口だった。
記憶はもちろんなくす。スマホはしょっちゅうなくす。カバンごと全ての荷物をなくす。
車いすで救護室に運ばれる。回送電車に乗ったまま車庫に運ばれる。中央線で高尾まで運ばれる。
同期と蹴り合いのけんかをする。先輩をヒールで踏みつける。身体に触れてきた上司の首を締め上げる。
同僚とセックスする。バーで居合わせたおじさんとセックスする。帰りの電車で居合わせた他人ともセックスする。殺されなくてよかった。
かつて我が家で「朝まで生ぐりこ」と称して一緒に浴びるほど飲んだ友人女子の多くが、妊娠や加齢やダイエットを理由に酒をやめた。あるいは昔ほどは飲まなくなった。
酒好きだった我が家族も、母はリウマチ、弟が癲癇を発症し、禁酒を余儀なくされている。弟と結婚した義妹は下戸だし、父は度重なる酒での失態のせいで母と一緒にいるときは酒を飲ませてもらえない。
となると私は最後の砦である。友人や家族と出かけると「気を使わずに飲んでくれ」と言われるので「大丈夫! みんなの分まで私が飲むから!!」と、戦闘モノのヒロインよろしく一人で酒に戦いを挑んでいる。しかしそれでいいのだろうか。
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純粋に一人飲みを楽しみたい
酒は家に常備してあり(ウイスキー・缶ビール・日本酒など)、家にいる日の半分は晩酌をする。それでも、外で飲みたくて居酒屋に行く。元々一人で過ごすのは好きで、映画や旅行と同じく一人で居酒屋に入ることも何のためらいもなくできる。しかし「一人で居酒屋で酒を飲む時間を楽しめているか」と訊かれると私は迷いなくイエスと答えることはできない。カフェでコーヒーを飲むように、純粋にその時間を楽しむのは意外なほどに難しい。
一人酒を、楽しめるようにならなくてはならない。私はそれを三十代独身酒飲みであるところの自分の課題であると思うようになった。
一人で居酒屋で酒を飲むことには、気をつけるべき要素が多すぎるのだ。客層や店の雰囲気によっては不愉快な思いをすることもあるし、飲み過ぎれば私は前述のような失態を犯すし、居合わせた他の客や店主と会話をするか否か考えるだけでも、社交性皆無の人間にとってはなかなか億劫だったりもする。
それでも、私は酒が好きだ。身体が健康で、酒を美味しいと感じるうちは、酒から離れたくない。離婚して独身の自由を満喫し、精神的にも時間的にも余裕の出てきた今、私は一人で楽しめる居酒屋のレパートリーを増やして、二十代の頃よりもっともっと酒を楽しみたい。
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エッセイ『東京一人酒日記』の趣旨と企画三原則
というわけで、これは三十一歳独身女性が都内居酒屋を開拓していき、一人酒を嗜む記録エッセイである。私は酒の種類に詳しいわけでも美食家なわけでもないので、グルメレポ的な文章を期待される方は肩すかしを食うかもしれない。食●ログの口コミおじさんの文体をパクって居酒屋レビューを書くことも考えたが、そんなものは私が書かなくてもネット上で山ほど見つかる。その日の気分で居酒屋を選び、食べ物や酒を味わいながら、自分が考えたことや話したことを記録していくことになると思われる。
できることなら、読んでくれた方に、たまには時間作って一人で飲みに行ってみようかな、こうやって、一人で旨いもの食べて飲んで自分と向き合う時間って大事だよな、と思ってもらえるようなエッセイを目指したい。
とはいえ、前述のような酒による失敗をこれ以上重ねたくはないので、この度の企画に当り、以下のルールを設定した。
《企画三原則》
・吐かない。
・持ち帰ら(れ)ない。
・絶対に終電を逃さない。
酒と男に関して全く節操のない私が、ちゃんとこのルールを遵守した上で一人酒を楽しめるのかどうか、読者の方に見守って(見張って?)いただければ幸いである。
(序文より)
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