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東京一人酒日記2〜未知との遭遇編〜|早乙女ぐりこ

¥880 税込

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リトルプレス
A5 54ページ
2021/5/16(日)発行

新しい酒飲み様式

「酒の多い人生を送ってきた。正確には、酒のせいで恥の多い人生を送ってきた。」
 上の二文は、この本の前身にあたる『東京一人酒日記~丸の内SAKEスティック編~』の「はじめに」冒頭の一節である。私がこの文を書いたのは、今からおよそ二年前、二〇一九年の春先のことだった。それから一年も経たないうちに、私たち酒飲み(と一括りにしてしまっていいのかわからないが)の飲酒生活は大きく変わった。 感染症の流行。緊急事態宣言の発令。飲食店の営業時間短縮要請。私の勤務先も昨年五月・六月はテレワークに切り替わり、その後通常出勤に戻ってからも、それまで頻繁に行われていたイベント打ち上げや部署ごとの飲み会が再開されることはなかった。 仕事関連だけでなく、仲間うちの大勢の飲み会も行われることがなくなった。ごく親しい人と食事や飲みに行っても、あっという間にラストオーダーの時間が来て、二軒目に向かうこともできない。



宅トレ食事制限からの喫茶店ブーム

  飲み会が激減したことで、それまで飲み歩いていた夜の時間と交際費がぽっかり浮いた。一時は毎日ひたすら柿の種を食べてビールやウイスキーを飲んでいた。その後、感染症流行の影響でイベントがなくなり廃棄寸前となった食材のお取り寄せにはまった。さらにその後、運動不足と増加する体重を憂い、YouTubeに大量にあふれた宅トレ動画を見ながら体を鍛えるようになった。新しいことにすぐのめりこむのは私の癖で、筋トレガチ勢として食事管理も始め、飲酒も控えるようになった。
  緊急事態宣言が明け、外出への抵抗感も少しずつ薄れてきた頃、今度は神保町界隈のエリアの純喫茶めぐりにはまった。外食産業が感染症流行の諸悪の根源のように報道されていたけれど、個人経営の喫茶店で一人静かに読書や執筆をしながらコーヒーを楽しむ分には、感染リスクはそれほど高くないように思われた。そして、一人で喫茶店で過ごすのも、一人で居酒屋で過ごすのもそれほど違いがないのではないかと思い始めた。もちろん長居をしたり居合わせた客と接触したり深酒して周囲に迷惑をかけたりしなければの話だが……(自分はそういうことをしないときっぱり言い切れないのがこわい)。



今こそ一人酒だ!

 飲み会もなく、会いたい人にも会えず、海外旅行にも行けないまま二〇二〇年が終わろうとしていた。マスクや手指消毒もいつの間にか習慣化し、感染者数の増減のニュースにも何も感じなくなっていた。近隣の個人経営の飲食店は次々に閉店し、空いた居抜き物件はいつまでも埋まる気配がなかった。近所にテイクアウト専門店とウーバーイーツ対応店だけが増えていった。
 二〇二〇年の大みそか、サウナ―の聖地・草加健康センターを久々に訪れた私は、一年の締めサウナを決めて、食堂で一人餃子とビールで乾杯しながら、考えた。今こそ一人酒なんじゃないか。 酒飲みの、酒飲みにしか通用しない、酒飲みたいが故の言い訳かもしれない。それでも、「今こそ一人酒だ!」と強く思った。感染症のクラスターを発生させるリスクは抑えなければならない。けれど、外食や飲酒の全てを諦める必要はないし、個人経営の店が街から次々に消えていくのを、ただ指をくわえて見ていたくない。いくら筋トレと食事管理で身体がくなっても、楽しみがなくて心がどんより重いままでは意味がない。あたりまえにあったはずの日常が縮減し、あらゆる楽しみが手の届かないものになってしまった今、食と酒の喜びを自分の手に取り戻したいと、そう思った。大勢の飲み会は難しくても、感染リスクを抑えつつ一人で外食し、食や酒を楽しむことは不可能ではないはずだ。



未知との遭遇を求める
 
  かつて、外食や飲酒が日常だった頃には、とにかく酔うまで酒が飲めればいい、自宅では食べられない手の込んだ料理ががっつり食べられればいいと思っていた。けれど、感染症が流行してから、一回一回の食事を大切にするようになった。そのときの自分が食べたいものをじっくりと考え、念入りに店の下調べをするようになった(営業時間や営業日の変更が多かったからというのもあるが)し、大手チェーン店にふらっと入ることもなくなった。 感染症が流行してから、書店ではガイドブックや旅行記の売れ行きが非常によかったという。外出や旅行がままならないなかで、誰もがまだ見ぬものや非日常の体験に恋い焦がれていたのだろうと思う。海外旅行どころか東京都の外にもなかなか出られない、飲み屋やそれ以外のイベントで人と知り合ったりする機会もない、そんな生活の中で、私もまた未知との遭遇を求めていた。一人酒を通して、自分がまだ知らないものに出会いたかった。そして、そのとき自分が何を感じるのか知りたかった。  



一人酒に花丸

「父と正反対の人と結婚して離婚してから、『この人となら結婚してうまくやれるかもしれない』と思う相手はみんなどことなく父に似ている。」 (『東京一人酒日記~丸の内SAKEスティック編』より)
  この本では、語り手の「私」がバツイチのアラサー独身女性であるという属性が度々強調されている。語り手の「私」は度々人間関係や仕事に悩み、それを言い訳に酒を飲みに行く。 あれこれ悩み、言い訳したくなる「私」の気持ちはよくわかる。だけど、一人で酒を飲むことに言い訳なんかしなくていい、と今の私は思う。コロナ禍にあっても営業を続けてくれているお店があって、その店に行きたいと思う私がいる。一人酒の理由なんてそれで充分だ。
「私はいつも、酒を飲みながら自分の人生の選択の答え合わせをしている。」 (『東京一人酒日記~丸の内SAKEスティック編』より)
  飲みながら人生の選択の答え合わせをする? 何言っているんだ。今日という日に元気で楽しく酒が飲めるだけで人生花丸じゃないか、正しいも間違いもない……今は本気でそう思っている。一人酒を楽しむことができるのは奇跡みたいなことで、言い換えれば、それがいつ不可能になってもおかしくない世の中になってしまった。



今回の企画三原則
 
  前号の一人酒には、飲みに行く理由(言い訳)はあっても目的はなかった。しかし今回の企画では、語り手の「私」に飲まなきゃやっていられない事情なんて一つもない。その代わりに、「未知との遭遇」という漠然としたテーマがある。そして、本当にささやかだけれど、個人経営の飲食店の支援をしたいという目的がある。 また、私は本当に味覚の解像度が低くて、noteで更新している日々の日記にも「おいしかった」とか「見た目が美しい」としか書けないことが多いのだが、今回の本の執筆を通してそんな自分自身を変えられたらいいなと思っている。エントリーシートを書いているうちに志望理由が固まってくるように、食レポめいたものを書いているうちにだんだん上手に書けるようになるかもしれない。
 というわけで今作の企画三原則は、

 ①長居しない(店のはしごもしない) ※感染症対策
 ②未知との遭遇をおそれない ※個人的テーマ 
 ③食レポをあきらめない ※個人的目標

である。前号もお読みくださっている方は、ぜひ、前回の企画三原則と比べてみてほしい。
 もちろん今作は、前号『東京一人酒日記~丸の内SAKEスティック編』やその他の私の日記・エッセイ等を読んでいなくても全く問題ない、独立した内容になっているので、私の本を初めて手に取ってくださる方にも、楽しんでお付き合いいただけたら幸いです。
(「はじめに」より)

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