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インカレポエトリ叢書 19
発行 七月堂
発行 2023.5.30
92ページ
とうきょう、はいまおれの暮らす街だということです
●
デミオム
夜うちへ帰ったらまず音楽を流す頭のなかで
ぐるぐるしている言葉をおちつかせるために
YouTubeかSpotifyでシャッフル再生に設定して
聴くともなく聴いている音楽を流したまま食事をする
それで思いだしたすこしだけ昔のできごと
近所の馴染みの店から持ち帰りしてきたオムライス
いつもデミグラスソースのオムライスをデミオムと略して注文する
おれが大学に入ってこの街へ来たときからずっと通っているその店の
おっちゃんはおばちゃんといっしょにわずかな人数でその店をきりもりしている
そのおっちゃんの顔がゆがむのをはじめて見た去年その店は学生街にあるんだけど
あっというまに病気がはやって大学には学生が来なくなって客もすごく減ったという
でもこればっかりはどげんしようもなかもんねえ
というおっちゃんの声がとてもかなしかったおれは
その店でおばちゃんがつくるとろとろ卵のデミオム六百円が食いたいいつでも
心の調子ときどき身体の調子は自分でどうしようもないくらいどうにもならないもので
飯も食いたくないくらいしんどい時でもそれだけは喉を通った
それがたとえ七百円になっても八百円になっても千円になってもおれは食いたい
その街を離れたいまでも
いつでも食いにいきたい
というようなことを思い出しながら食事をとっていると
プレイリストから流れたもう五十年近くも昔の曲が
とかいではじさつするわかものがふえている
といううたいだしでおれは箸をとめて静かにきいた数分間最後まで飛ばさずにその曲を
ききながら考えていた
いかなくちゃきみにあいにいかなくちゃきみのまちにいかなくちゃ
おれはテレビは持っていないけどスマートフォンを持っているから
それでニュースを見るし今どき物好きなとよくいわれるけど新聞もたまに見る
不要不急の外出を控えてください外食は控えてください買物は控えてください
コンサートは実施しないでくださいするとしたら少人数で観客は黙ったままで
劇場へいくのは映画館へ美術館へ書店へいくのはしばらくの間控えてください
県境を越える移動は自粛してください特に若い人は控えてください
いかなくちゃきみにあいにいかなくちゃきみのまちにいかなくちゃ
ふつう若い人は死にません四十代三十代二十代死亡例確認ただし基礎疾患あり
とかいではじさつするわかものがふえている
おれは持病があるから毎月病院へ通っています毎日薬ものんでいる仕方がないんだけど
そうしないとどうやらふつうの人とおなじように生活ができないようなので
ふつう若い人は死にません四十代三十代二十代死亡例確認ただし基礎疾患あり
ただし基礎疾患あり
と日々キャスターが読み上げるニュースおれは被差別者なのだろうか
急を要さない検査や手術は控えてください
若者は
少人数で黙ったままで
でもこればっかりはどげんしようもなかもんねえ
おれの口から出た言葉はあのときおっちゃんから聞いたのとおなじ言葉で
とてもかなしかったそういうのをかなしいというのが適切なのかはわからないけど
ほかに言いようがないできればこういうときあの店のデミオムが食いたい大盛は追加で五十
円の
※井上陽水『傘がない』の歌詞より引用している箇所があります。
●
箸袋
近ごろまた引っ越しをしたのでなんだかんだ忙しくて
というのはまあいいわけでしかなくて親しい人への連絡もなんだか滞りがちで
ちょっと前までうまくいっていたこともなんかよくわかんなくなっちゃって
迷うのはべつにわるいことじゃないんだけどだから
焦らなくていいってわかってるはずなんだけど
じつは内心ちょっと焦っているのも自分でわかっていてそれで余計におちつかない
このアパートへ入居して何週間か経って本をやっと本棚におさめ
寝る前に読もうと思って取りだした佐藤康志の文庫本に箸袋が挟まっていた
それに印刷されていた字は中国料理藤園その裏に熊本市中央区水道町と
むかしからそのへんにある紙をしおりのかわりに本に挟むくせがあって
その本に挟まっているその中華料理屋の箸袋エビチリと麻婆豆腐と
唐揚げ定食がとびきりうまいその店の箸袋を見て思い出したその本を買った日は
おれが十九歳のころたしか大学祭の準備をしていたころだから秋にさしかかっているころ
その店でめしを食って夜から新市街アーケードの映画館へ行って
その日に観た映画がとても好きになってその帰り道に辺りでいちばん遅くまで空いている本
屋
ツタヤへ寄って原作のその本を買って帰ったことまでたしかに思い出した
いま本棚にある最近買った読みさしの吉本隆明の本にはそばうどん屋の箸袋その店は
区役所の前にある引越の届出に行った日そこでうどんを食った大田区蒲田きそば一力
七月はじめの暑い日冷やしたぬきにもできたのでそうしてもらってそれを食ったこの街へ来
て
はじめての昼飯
むかしいやむかしといってもほんの何ヵ月か前まで思っていたおれは九州熊本で
詩を書くとき東京の街の名前などけっしてつかうものかと
東京の街の名前が書かれるとき口に出されるときそれがどんな文脈であろうと
読む人はそれを知っていなければいけないしあるいは
わかっているようなそぶりをしなければいけないようなそういう感じがあってそういうのっ
て
いなかのひとの思い過ごしや劣等感かもしれないけどそういうのってすごく傲慢な感じがし
て
きらいだったし反抗したかったし実際そうしていたおれもいまでは成りゆきで東京に住んで
いる
都民区民の自覚があるわけでもないけど九州からはなんというかいまちょっと
根っこが抜けちゃったようなあてのない気持ちになっていて
だけどどこにいても同じことで新しい靴を何度も履いて馴染ませていくように
その街が自分の身体になるべく馴染むように歩いてときどきそれを詩に書いたりすることで
だからいまはつかうおれは毎朝乗り換える電車を夜はときどきめしを食う大田区蒲田で
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